偽神ティイン(Te-in)が説く「正義」について
OAHSPEの「対ジェホヴィ戦争の書」32章に,偽神ティイン(Te-in)が正義について説いている場面があります。
私を崇拝することは正義ではなく不義である。ジョスを崇拝することは不義であり,不確かなジェホヴィを崇拝することも不義だし,ポーを崇拝することも不義である。
こういう話がある。森に大きな木があり,小さな木を圧迫していた。
小さな木は言った,『巨大な樫の木よ,あなたを讃えます,だから多くの祝福が与えられますように,私たちに慈悲を賜りますように!』
大きな木は彼らを笑い,そして彼らは死んだ。
これがジェホヴィではないのか?
これが神々ではないのか?
なぜなら全ての定命の人間はまだまだ孵化していない卵に過ぎない。そして彼らが死ねばその魂は孵化した鶏のようになり,神々に遊ばれ,彼らの好きなように使われるのだ.そのことを定命の人間たちに教え,伝えるがよい。その上でどの神を主に戴くのか選ばせよ。それがもしも私であれば,私はその者のために働こう。もしも私でなければ,私はその者の敵となろう。
OAHSPE-24『対ジェホヴィ戦争の書』32章-16-17
神と定命の人間,定命の人間同士の互恵関係を築くこと,揺ぎ無い覚悟の下で成長するため自分の意志を貫いて戦うこと,無力な者を助け見ず知らずの者に食べ物や服を与えること,父母を崇めること,これこそが正義なのである。
ティインはデウスやオシリスといった偽神が跋扈していた時代にジャフェス(現在の中国)で活動した偽神です。デウスが創造主ジェホヴィに反旗を翻した時,ティインはデウスに従っていましたが,後にデユスの下から離反してしまいます。
その時,ティインが語った内容が引用した部分になります。
ティインが語る正義を要約すれば,次のようになります。
「自分にとって何が真実なのかを見極めた上で,揺るがない真実(絶対的な真実)を実行すること」
ティインは,誰かに命じられる主義主張を,言われるがままに信じるのを良しとしない性格だったのだと思います。その上で頼られればその者のために働くという律儀さも持ち合わせていました。
正義について
正義とは「立場によって変わるもの」ということをよく聞きます。例えば自国の繁栄のためという「正義」を掲げて敵国に戦争を仕掛けた者がいて,戦争を仕掛けられた側もまた,自国を守るためという「正義」を掲げて防衛したとします。
一見すれば,前者の方が悪のように見えます。しかしその国の国民はその正義を支持します。なぜなら自国が繁栄すれば,自分たちはもっと豊かな生活を送れるからです。
偽神ティインの説く正義は「自分にとっての真実を貫くこと」にあります。しかしそれは利己的な考えであり,結果として多様な正義が生まれ,それぞれの主張を貫こうとして争いが生まれます。
そもそも正義とは絶対不変であるべきであり,多種多様な正義は正義とは呼ばないと考えます。利益相反となる正義は正義ではないと考えます。
しかし残念ながらティインが説く正義は耳心地がよいのもまた事実です。
「見ず知らずの他人のためではなく,自分のために,自分が良いと信じるもののために戦え」と言われれば,その言葉に耳を傾けてしまうのも分からなくはありません。
それでも,この世界の成り立ちを考えた時,つまり「無」という存在(創造主)が目覚め,この世界をより良くしようと様々なものが創造された意味を考えた時,創造主の願いは「世界の発展」であり,そこの住人の願いを叶えることではありません。その世界は当然ながら「地球」ではありません。
私たち人間が望まなければならないのは,今生きている地球での生活を豊かにすることではなく,まずは自分の心を豊かにすることなのだと思います。愛に溢れ,叡智が実り,心穏やかに朗らかに暮らせる世界がこの地球上で実現できれば,人間はより一層,心が豊かになるのではないかと考えます。
そうした世界を地球上に実現することが「正義」なのだと思います。
そんな世界は利己主義な人にとって苦痛だと思います。それを苦痛だと思う人が増えることで,この地球での争いは増え続け,利己的な人間が生きやすい世界,つまり悪人が跋扈し,善人が自殺を余儀なくされる世界が築かれてしまうわけです。
そんな世界を認めてはいけないと考えます。もっと心を豊かにできるように,まずは自分の周りからそんな「心温まる世界」を創っていくことが,自分にとっての小さいながらも「正義」なのではないかと考えます。
不確実性が高い現在,無事に生涯を終えることさえ難しい時代に入ったと感じています。それでも小さな正義を実行することが大切なのではないかと思います。
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