全ての霊的な成長は,霊魂を表現することにあるのです。
叡智を成長させる者は叡智を与えなければいけません。
愛を成長させる者は,愛を与えなければなりません。
霊魂の力を成長させる者は,霊魂の力を出さないといけません。
あなたがか弱き者や老人,無力な者,盲目な者に食事を与えるため,托鉢を持って出かける時,あなたは彼らに『祈り』と『懺悔』を教えなければいけません。彼らが罪を意識して気落ちしているのであれば,その生涯を楽しんでもらうため,彼らに赦しを与えなければいけません。
アシャは言いました。
OAHSPE-20『神の言葉の書』15章-12-16
「もしも人間が言葉を使わずに祈るのは,その者にとって良いことなのでしょうか?」
イフアマズダは言いました。
「それでも構いません。しかし言葉で語った方がより良いでしょう。
宇宙について考えることはオーマズドにとって良いことですが,それを創造する方がもっと良いです。
創造について学ぶならば,あなたは『話し言葉』を使わなければなりません。
創造を完璧なものにするのは,実を結んだ『言葉』です。
祈りの言葉を省略する者は祈りそのものも省略することになり,やがてはその精神を弱らせることになります。
愚かな人間はこう言います。
『私には祈りは不要だ。オーマズドは私の精神体を知っているからだ!』
それならばどうして畑は『私は収穫物をもたらさない。なぜならばオーマズドは私の能力を知っているからだ!』と言わないのでしょうか。
私はあなたに命じます,アシャよ。全ての霊的な成長は,霊魂を表現することにあるのです。
叡智を成長させる者は叡智を与えなければいけません。
愛を成長させる者は,愛を与えなければなりません。
霊魂の力を成長させる者は,霊魂の力を出さないといけません。
考えてみてください。
もしもあなたが静かに祈っても,あなたの力は周囲には弱めに伝わります。しかしあなたが言葉を発して公に祈ればその果実は周囲にもたらされ,この栄光によってオーマズドはあなたを豊かにしてくれます。
あなたがか弱き者や老人,無力な者,盲目な者に食事を与えるため,托鉢を持って出かける時,あなたは彼らに『祈り』と『懺悔』を教えなければいけません。彼らが罪を意識して気落ちしているのであれば,その生涯を楽しんでもらうため,彼らに赦しを与えなければいけません」
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