アラビーニャの暴君チェ・ムツについて
『フラガパッティの書』37章に登場するアラビーニャの暴君チェ・ムツについて,『OAHSPE』は2つの視点から記載しています。1つは『OAHSPE』の執筆者の視点,もう1つは天界の図書館の記録です。
そこでまず,アラビーニャの暴君チェ・ムツについて簡単に説明します。
アラビーニャの暴君チェ・ムツは推測ですが,ゾロアスター教が誕生した紀元前1,000年頃に生きていた人物ではないかと思います。チェ・ムツの家系は代々アラビーニャの王であり,チェ・ムツは若い頃から優秀であったため,首都オスヌを中心に勢力を拡大し,この地に覇を唱えました。しかしさらなる繁栄を願って神の奇跡を得ようとしてイヒン人に対してその奇跡の伝授を強引に迫り,ついにはイヒン人に対して暴虐な振舞いを行いました。特にイヒン人の首長ハブ・バクを虐殺したことはチェ・ムツが非業の死を遂げる遠因になり,この死が引き金になり,圧政に苦しむ民衆が決起して反乱を起こし,最期は腹心ともども弑殺されました。
『OAHSPE』は,この逸話を執筆者の視点で描いた後,天界の図書館の記録と断った上で次の文を掲載しています。
地球のオスヌの王チェ・ムツはその残虐さにより何千何万もの人々を死に追いやりました。そして彼らは怒りを抱えて死んだため,その不遇により彼らの精神体は『堕落した下天』に向かい,そこで苦しみに喘ぎ,それがさらに王への怒りを増幅させて,王を殺すため,さらなる悪意を掻き立てたのでした。
OAHSPE:『フラガパッティの書』37章-28
アラビーニャの代表的な王であるチェ・ムツは自分の民草に殺されて,王の顧問も共に殺されました。
このように『天界の図書館』を引用しているのはかなり異例なことです。執筆者は恐らく次のことを言いたかったのだと思います。
「この逸話は現時点では地球に残されていないが,真実のみを保管する『天界の図書館』にも記録が残っているので疑わないでほしい」
逸話とは,参考にする文献の信用度によっては,嘘にもなります。そのことを知っていた執筆者はこの逸話を裏付けるため,『天界の図書館』の記録を引用したのだと思います。
『天界の図書館』とアカシックレコード
霊的な事柄に興味がある人ならば一度は聞いたことがある「アカシックレコード」ですが,『天界の図書館』はこのアカシックレコードに相当する可能性があるのではないかと考えています。
但し『天界の図書館』とは上天だけなく下天にもあるため,「アカシックレコード」がどの記録を指しているのかは諸々ですが,全人類の叡智が集結した図書館と言えば,最上天の大図書館なのだと思います。
しかし地球の人類が知るべき知識は,地球の下天にある図書館の記録なのだと思います。そして本当にアカシックレコードに対してアクセスしたいのであれば,まずはコスモンの時代に相応しい考えを身に着ける必要があると考えます。コスモンの時代では実体界と精霊界が融合した世界観の確立が求められており,それが確立された時,つまり古代の時代において霊魂との対話ができるラバが存在した時代のように,現代でも霊魂との交信ができるようになれば,そういった情報を入手することも可能なのではないかと思います。
この『OAHSPE』もそうです。執筆者は地球の主神(複数名)ではないかと推測していますが,そういった方たちとの交信ができる世界の構築がコスモンの時代では必要なのだと思います。そのためには善行を積み重ね,この世界を創造された創造主の意志を汲み,霊魂は実体界の肉体が死を迎えても続くことを念頭に置き,常に成長を求めて活動を続ける精神が必要になってきます。例を挙げれば,20世紀初頭に活躍したリーディングで有名なエドガー・ケイシーです。ケイシー自身はそういった学問を修めていませんでしたが,リーディングという手法で天界の知識を実体界にもたらしました。これもコスモン時代の一つの在り方なのかもしれません。
但し天界には偽神もいるため,全ての宣託が正しいとは限りません。真実か否かを見極める力も必要になってきます。
特に現在,世界は混迷の一途を辿っているように感じます。地上の実体界は天界の影響を受けやすいため,天界には偽神が跋扈している可能性もあります。そういったことにも思慮を巡らしながら,コスモンの時代を迎えるにはどう活動すればよいのかを考えていくべきなのかもしれません。
死後の霊魂は,現世の記憶が引き継がれることについて
暴君チェ・ムツの逸話から分かることとしてもう1つだけ上げるとすると,イヒン人司祭ハブ・バクが死後に天界で神フラガパッティに謁見した際の出来事です。(『フラガパッティの書』38章-11,12)
人間は第2の復活を遂げて地球に再誕する時,その記憶は消去されます。赤ん坊の頃の記憶がないのがその証拠です。しかしハブ・バクは神フラガパッティに対して「ジェホヴィよ,あなたの御力により,私を殺した王の精神体にこの永遠なる光を届けに行こうと思います」と答えています。これは,実体界での記憶が,天界でも引き継がれていることを意味しています。
但し全員がそうであるとは限らないようです。例えば怒りや復讐心を持ったまま死を迎えると,霊魂は第1の復活を迎えられないようです。例えば暴君チェ・ムツは自分が虐殺してきた人々から恨みを買っており,死後もその霊魂に虐げられていたようです。神エチャドが救済するまでは,暴君チェ・ムツの精神体は混迷していたと言います。
この逸話から学ばなければならないのは,怒りや恨み,復讐心を抱かず,善行を積んだ状態で死を迎えることです。特に混乱した現在の世界では,騙したり侵したりする人間が多くなり,怒りや恨みを抱かずに死を迎えるのはかなり困難な状況になっています。それでも怒りや恨み,復讐心を抱かないように自己を抑制し,善行を積み,昨日の自分よりも少しでも成長することを心掛けていかなければならないのだと思います。
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